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家康に、スペイン国王から時計が贈られている。
それだけでも気になるのに、調べていくと、年が二つ出てくるんだよね。
1581年。
それから、1573年。
あれ、どっち?
同じ時計の話を読んでいるはずなのに、そこで手が止まる。
でも、この違いが面白いの。単なる数字の打ち間違いとして片づけると、時計の中から見つかった手がかりを飛ばしてしまうんだ。
しかも、家康へ贈られたのは1611年。海難事故が起きたのは1609年。
製作、遭難、贈答。全部、別の出来事だよ。
ここでは久能山東照宮、御宿町、国の文化財データベース、国立科学博物館の研究論文をたどりながら、一つの時計に重なる時間を分けて見ていこう。先に大事な点も言っておくね。現在の文化財の指定区分は重要文化財。国宝という言葉が本の紹介に出てきても、そのまま現在の指定と受け取らないようにしたい。
1581年はどこに書いてある?まず時計の銘と製作の結論を分けよう
まず、久能山東照宮に伝わる時計のこと。
久能山東照宮の洋時計の紹介では、1581年にマドリードでハンス・デ・エバロが製作した時計として説明されている。表面の銘にも、その年と製作者に関する情報があるんだ。
この説明を読んだら、1581年製と覚えたくなるよね。
うん、入口としては自然。
ただ、研究資料まで進むと、そこで話が終わらない。
佐々木勝浩・齋藤曜による2016年の論文「久能山東照宮に保存されている1581年ハンス・デ・エバロ銘置時計の機構と由来」には、2014年秋のX線調査で、底面に付けられた銘板の下から別の銘が確認されたことが記されている。
国立科学博物館公開の研究論文の18ページを見ると、その違いがはっきりするよ。
表に見える情報の下に、もう一つの情報があった。
ここ、わあ、そういうことがあるのか!と気になるところ。
読み取られた銘から、論文の著者は、ニコラウス・ド・トロエステンベルクが1573年にブリュッセルで製作した時計だと結論づけている。
だから、この記事では「1581年の銘がある時計」と「研究で示された1573年の製作」を分けて書くね。どちらかの数字を見なかったことにして、もう片方だけを言い切る説明にはしない。
これは読む側に全部の時計技術を覚えてもらうための話ではないよ。二つの年が出てきたとき、「何の年か」を確かめれば、説明を追いやすくなるということ。
たとえばメモなら、こんなふうで十分。
1581年=表に見える銘に関する年。
1573年=その下の銘を踏まえて論文が示した製作年。
1611年=家康へ贈られた年。
年だけ三つ並べると混乱するけれど、横に役割を書けば、別々の情報として置けるんだ。
なお、正面側と底面側のX線画像は、同じように文字が読めたわけではない。論文では正面側の隠れた銘は判読できず、底面側はより明瞭に読み取れたと説明している。どこもくっきり見えた、と広げるのは避けたいところだね。
時計そのものの保存や調査の歩みを本でたどりたい人には、落合偉洲著『家康公の時計 四百年を越えた奇跡』という関連書籍があるよ。まずは書名と著者を確認してみてね。
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海での救助から家康への贈り物へ。1609年と1611年の間を見てみよう
時計が贈られた背景には、海難事故がある。
御宿町の記念碑と交流史の紹介によると、1609年9月30日、スペイン船サン・フランシスコ号が御宿の岩和田沖で遭難し、村の人々が救助した。
町の資料に示されているのは、乗員総数373人、生存者317人。死体収容数・行方不明者は56人とされている。
大きな数字だからこそ、ここは丁寧に見たい。
「373人を全員救った」と読み替えてしまうと、助かった人と失われた命の区別がなくなってしまうんだ。
家康の時計を調べていると、つい家康だけに視線が集まる。でも、時計へつながる出来事の最初には、海辺で人を助けた岩和田の住民がいる。その順番を忘れずに読みたいね。
遭難した一行の中には、前フィリピン臨時総督ドン・ロドリゴがいた。久能山東照宮の紹介では、一行が家康と面会し、家康が帰国のための船を用意した経緯が説明されている。
ここで救助と帰国支援が、贈り物の背景としてつながってくる。
そして1611年、スペイン国王フェリペ3世からの答礼として、時計が家康に贈られた。久能山東照宮は、その時計をセバスティアン・ビスカイノがもたらしたことも紹介しているよ。
事故が1609年、贈答が1611年。
二年違うから、どちらかが間違い、という話ではないんだ。
こういうときは、一本の線を引くつもりで読むといい。
遭難と救助が起きる。
帰国を助ける。
その答礼として時計が届く。
家康の死後、久能山東照宮に納められる。
最後の納められる時点は1616年。製作年の話から始めたはずなのに、時計が家康のもとへ届き、その後に保存されるまでの道筋が見えてくる。
この流れが分かると、時計はただ珍しい舶来品というだけではなくなるよね。海を挟んだ交流を考えるための品でもあるんだ。
ただし、当時の会話まで分かるわけではない。家康が時計を見て何と言ったか、助けた村人がどんな言葉を交わしたか。そこは今回確認した資料から会話として再現しないね。
情景を思い浮かべたくなる歴史ほど、資料の記述と想像の境目を残しておこう。そのほうが、確かに伝わっている出来事の重みを受け取れると思う。
この贈答の背景から保存の歩みまで関心が広がったら、同じ時計を主題にした本の内容紹介を見てみて。時計を扱った専門の一冊か、家康の一般的な伝記かを、買う前に分けて選べるよ。
銘板が重なっていた理由は?分かったことと推定を別々に置こう
底から別の銘が出てきた。
じゃあ、誰が、何のために、その上へ銘板を付けたの?
ここまで来たら、そこが気になるよね。
私も、記事としては一番急いで答えを出したくなるところだと思う。
でも、そこで一呼吸。
文字が読み取れたことと、付けた理由を説明できることは、同じではないんだ。
2016年の論文では、製作者や製作地の検討に加えて、時計が返礼品として準備された経緯についても考察している。既存の時計に銘板が付けられた可能性などが論じられるけれど、その動機や経過は、銘の読解そのものと同じ確かさで確定した事実として扱わないようにしたい。
何が観察されたか。
それを根拠に、研究者が何を結論づけたか。
さらに、背景についてどんな可能性を考えたか。
この三段階で読むと、推定を丸ごと事実として持ち帰るのを防げるよ。
| 読むときの問い | 今回の資料で区別すること |
|---|---|
| 時計から何が見つかった? | 底面の銘板の下に、別の銘が確認された |
| 製作について何が示された? | 論文は1573年・ブリュッセル・別の製作者という結論を示す |
| なぜ別の銘板を付けた? | 贈答の準備などをめぐる考察であり、動機まで断定しない |
ここを分けると、謎が残ってしまう?
そうだね。全部にすっきりした答えが付くわけではない。
でも、歴史の面白さって、確かめられる範囲が少しずつ広がるところにもあると思うんだ。
表の銘だけで説明されてきた品に、新しい調査で別の情報が見つかる。すると、昔の説明を読み直す必要が出てくる。時計そのものは同じでも、読む側が気づけることは増えるんだよね。
保存状態についても、言葉を大きくしすぎないようにしたい。部品が多く残っているという評価と、作られてから一度も手が加えられていないという主張は、別の話。
論文は機構の変化や加工についても検討しているから、「四百年以上、完全に無改造の時計」と一言でまとめるのは避けよう。
また、「日本に現存する最古」のような説明では、現存という条件を外さないことも大切。「日本に最初に来た時計」まで意味を広げると、失われた時計の歴史と混ざってしまう。
小さな限定に見えるけれど、ここが理解の分かれ道。
年代の数字だけを覚えるより、ずっと役に立つ見方だよ。
関連書籍を選ぶ際にも、何を知りたいかを先に決めておくといい。保存と調査の歩みを読みたいのか、X線で見つかった銘の報告を確かめたいのか。後者は2016年の論文を直接読む入口を残しておこう。
家康の時計は国宝?本の目次と現在の文化財指定を混ぜないでね
さて、もう一つ引っかかりやすい言葉があるよ。
国宝。
歴史の品を調べていてこの言葉が出たら、現在、国宝に指定されているのかなと思うよね。それが本の目次や紹介に入っていたら、なおさら。
ただ、この時計については、文化財の登録を直接見るのが近道。
国指定文化財等データベースの「徳川家康関係資料」では、指定区分が重要文化財となっている。資料の中に、革箱付きの洋時計が記載されているよ。
ここでは現在の指定区分をそのまま使おう。
「国宝級に感じる」といった感想や、国宝指定を目指した経緯と、実際の指定は別だからね。
久能山東照宮という場所の説明で国宝の建物が出てきても、その言葉を、そこに伝わる全ての品へ付けることはできない。建物なのか、時計なのか。対象を一つずつ確かめたい。
今回紹介している『家康公の時計 四百年を越えた奇跡』は、CiNii Booksの書誌で、落合偉洲著、平凡社、2013年7月刊、ISBN9784582468151と確認できる。
書誌や販売ページの内容紹介からは、外交の背景、大英博物館との調査に関する歩み、国宝指定を目指す話題などが含まれることが分かる。
だから、本の紹介に国宝という言葉があっても、現在の文化財区分を示した一語とは限らないんだ。
ここで、もう一つ日付を置こう。
本の刊行は2013年。
今回取り上げたX線調査は2014年秋。
論文の発表は2016年。
あ、順番が違うね。
そう。本を買えば、この後の調査で出た情報まで全部載っている、と期待するのは避けたいところ。刊行後の発見については、別の論文と合わせて読む必要があるよ。
この記事では本の本文を通読した感想としておすすめしているわけではない。著者、書名、刊行時期、書誌に掲載された内容紹介を照合し、時計を主題にした関連書籍として紹介している。
買う前には、販売ページでもISBNを見てね。書名が似た家康関連の本は多いし、価格や送料、在庫は変わる。同じ一冊かを先に確かめてから、届く条件を見ればいい。
特に、最新の研究結果だけを知りたい人は、先に公開論文を読むのが合う。保存に関わる歩みを一冊の本で追いたい人は、内容紹介を見て、自分の知りたい方向と合うか決めよう。
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原品と復刻品、そして次に読む一冊。時計の話を手元につなげよう
家康の時計を見られる場所を調べたときにも、ちょっと確認したい点がある。
原品なのか。
復刻品なのか。
どちらも時計の歴史を知る入口にはなるけれど、同じ展示としてまとめないでおこう。
原品は家康の死後、久能山東照宮に納められた時計。御宿町のメキシコ・スペイン交流展示コーナーの案内に出てくる時計は、復刻品と明記されている。
町の案内では、静岡商工会議所が製作し、御宿町へ寄贈したものと説明されているよ。
だから、御宿町の展示紹介を読んで「家康が持っていた原品が御宿に移った」と受け取らないようにしたい。復刻品は、海難救助から続く交流を伝える展示の中にあるんだ。
一方、原品を目当てに出かける場合は、所蔵されていることと、その日に見られることを分けて確認してね。この記事では、現在の個別の展示日程まで確認していない。予定を立てる段階では、施設の最新案内に戻って、該当する展示かを確かめよう。
ここまで数字や区分を分けてきたけれど、覚えるために丸暗記しなくても大丈夫。
次に時計の紹介を読んだら、三つだけ問いを置いてみて。
その年は、銘の年?製作を論じた年?贈られた年?
国宝という言葉は、現在の指定?指定を目指した話?
見ている時計は、原品?復刻品?
この三つが分かれば、短い紹介の中でも情報を取り違えにくくなるよ。
そして、気になる方向が決まったら、そこから先を読めばいい。銘の違いなら研究論文。PDFは誌面の18ページでX線による銘の説明、24ページで結論を確認できるので、まずそこを開いてみて。救助の背景なら御宿町の資料。保存と調査の歩みを本で追うなら、今回の関連書籍の内容紹介へ。
どこから入っても、時計一つの話が、海辺の救助、国を越えた贈答、その後の保存へ広がっていく。
これ、家康の合戦や城から少し離れて知りたいときに、いい入口だと思う。
持ち物に目を向けると、同じ人物の周りに、違う人たちの動きが見えてくるから。
本を選ぶなら、いま自分が気になっているところを一つメモしてから販売情報を見てみよう。「なぜ二つの銘があるんだろう」「どうやって調査が進んだんだろう」。その問いを持っておけば、題名の印象だけで選ぶのを避けられる。
まずは、1581年と1573年が同じ時計の説明に並ぶ理由から。
数字がぶつかっているように見えた場所に、調査で開いた入口があるんだね。
時計の表だけでは終わらなかった話。
そこを一つ知るだけでも、次に家康の品を見る目が、ちょっと変わりそうだよ。