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徳川家康の話で、刀や甲冑ではなく、小さな文字の部品が出てくる。
しかも、その部品を使って本を印刷していたというのです。
家康といえば関ヶ原、江戸幕府、大坂の陣。そこで知識が止まっていたなら、ちょっと面白い寄り道ができます。今回の入口は、晩年の家康が関わった「駿河版」と呼ばれる出版物です。
天下人の仕事机に、本づくりも並んでいました。
家康は書籍を集めるだけでなく、所蔵する本の出版も進めました。駿河版では銅製の活字が使われ、『大蔵一覧集』『群書治要』が刊行されています。
ただ、名前だけ並ぶと急に難しそう。まずは「何のための本?」「どうやって作った?」「誰に届いた?」の三つで見てみましょう。
漢文を一冊読み切ってから参加、なんてことはありません。公開資料の解説と書影から、文字を並べて本にする仕事をのぞいていきます。
かつての本を画面で見るときは、拡大と縮小を行き来できるのも助かります。字へ近づき、次にページ全体へ戻る。細部と全体で、同じ資料から拾えるものが変わります。
家康の出版事業は、蔵書を集めるところからもう一歩先へ
本好きな人なら、気になった一冊を手元に置きたくなる。その感覚から家康の蔵書に関心を持つのも、楽しい入り方です。
ただし、出版の話では「持っている」の先に進みます。底本を用意し、その内容を別の本として刷り、届ける相手がいる。自分の棚を豊かにすることと、読める本を増やすことには、違う作業が加わるのですね。
国立公文書館の家康の出版事業では、伏見で木活字を使った出版と、晩年の駿府で銅活字を使った出版が紹介されています。それぞれ伏見版、駿河版と呼ばれます。
伏見版の例には『新刊吾妻鏡』があります。鎌倉幕府に関する歴史書を出版する仕事と、後で出てくる仏教・政治に関する本。扱う分野も一色ではありません。
ここで私は、「家康は勉強熱心だった」で片付けず、どんな本を形にしたかまで見たいと思います。褒め言葉だけでは、せっかくの書名が全部同じ顔になってしまうからです。
たとえば図書館で料理書と法律書を見たら、読みたい人も使う場面も違うはず。昔の書物も、題名の難しさだけで一つの山にまとめないほうが面白くなります。
まず紙に「伏見版=木活字」「駿河版=銅活字」と二行書く。その横に一冊ずつ書名を置けば、最初の地図として十分です。
詳しい年号や人物名は、この後で足せます。入口で暗記するものを増やすより、本と家康の関係が見える順番で進みましょう。
家康の生涯のどこに出版活動が入るかを知りたくなったら、人物全体を扱う評伝が助けになります。
銅活字は一文字ずつ。本のページを作る手仕事に目を向ける
「銅活字」と聞くと、金属でできた文字らしい、までは想像できます。でも、それが一冊の本になるところは少し遠い。
そこで、ごく単純な印刷の仕組みに戻ってみます。文字を表す部品を組み合わせ、紙に写すための面を作る。出来上がった文章を読む側から、文字を並べる側へ移動するのです。
同じ字が一ページに何度も出るなら、その分の部品が必要になる。現代なら画面で文字をコピーできますが、手元の活字を使って組む仕事では、使う字がそろっているかが具体的な問題になります。
文章の中身だけでなく、文字そのものの準備がいる。
国立公文書館の『群書治要』の解説には、足りない銅活字を鋳造したことが記されています。「足りなければ追加する」の一言にも、金属の部品を用意する工程があるわけです。
ここが面白いところ。立派な本の表紙だけを見ていると隠れてしまう、制作の手間が急に近くなります。
活字を使う方式と、一枚の板にページの文字を彫る方式は、文字を用意する単位が違います。見る機会があれば、完成した紙面だけでなく、何をどう組み合わせてその面ができたのかに注目してみてください。
「金属のほうが何でも優秀だった」と順位を付けるより、字の種類、文章の長さ、使える道具が変わると、作る側にどんな仕事が生まれるかを考えるほうが具体的です。
漢字と仮名では形も違いますし、文字のつながり方も気になります。今読む本の文字がそろっていることまで、当たり前ではなく見えてきそうです。
家康の銅活字から、文字を印刷する歴史そのものへ関心が広がった人には、印刷史の専門書という次の行き先があります。
『大蔵一覧集』は、必要な文章を探しやすくする本
最初に見る駿河版は『大蔵一覧集』。読み方は「だいぞういちらんしゅう」です。
題名は堂々としていますが、働きから入ると近づけます。大蔵経から文章を選び、分類して、探しやすくまとめた書物です。
国立公文書館の展示解説によると、1615年に家康が出版を命じ、以心崇伝と林羅山が関わりました。同年六月に出来上がり、家康は諸寺への寄進を命じています。
本を作る話に、「探しやすさ」が登場する。
ここは、今の私たちにも通じるところがありそうです。分厚い資料が手元にあっても、欲しい内容の場所が分からなければ、開いては閉じることになってしまいます。
もちろん昔の仏教書とスマホ検索は違います。それでも、たくさんある文章から必要なものへ近づくために、分類や編集が働いていることはつかめます。
私はこの本を見るとき、表紙の古さより先に「どう整理されているのだろう」を入口にするのがおすすめです。一冊の中に何があるかだけでなく、どう取り出せるかという見方です。
公開画面から読むなら、最初から全文の意味を追う必要はありません。書名、説明文、画像の順で開き、まずは見出しらしい文字や本文の区切りを探す。読めない箇所があっても、紙面の組み立てを見る作業はできます。
その後で解説へ戻れば、先ほどの「分類」という言葉が少し具体的になるはずです。解説を読んでから画像を見る、画像を見てから解説へ戻る。その往復も資料を楽しむ方法です。
画像を見るときは、いきなり一行を読み解こうとせず、ページの端と文字の並ぶ範囲を見比べてみます。字が入る場所と余白が分かれるだけでも、一枚の紙が読むための形になっていることに気づけます。
その中で判読できる字が一つ見つかったら、そこを出発点にする。全部読めるかどうかの試験ではないので、読めた一字から隣へ目を移すくらいで楽しんでよいのです。
そして届け先が寺だった点も大事です。出版した本がどこへ行ったかをたどると、家康一人の読書から、本を受け取る側の世界へ視野が広がります。
家康の活動を人と場所のつながりから追いたい場合は、評伝の目次や索引を入口にできます。
『群書治要』には、完成を待つ人と作り続ける人がいる
もう一冊の『群書治要』は「ぐんしょちよう」。政治を行う際の参考となる文章を、複数の古典から選び集めた書物です。
名前を丸暗記する前に、「政治について読むために、先人の文章を集めた本」と置くと見通しがよくなります。家康が新しく書き下ろした自伝、という本ではありません。
国立公文書館の駿河版『群書治要』解説では、1616年の出版作業に、職人や校合を担当する僧侶が集められたことが分かります。
校合は、本文を照らし合わせる仕事です。文字を並べれば終わり、ではないのですね。何が書いてあるべきかを確かめる役割も、本づくりの中にありました。
そして、この本の完成は同年五月下旬。家康が亡くなったのは、その前の四月です。
家康が始めた仕事には、家康の死後に仕上がった本もある。
ここを知ると、見方が少し変わります。「家康の本」と呼んでも、家康一人の手で作られたわけではない。命じる人、内容を整える人、活字を用意する人、印刷する人の仕事が重なっています。
もし展示の前で一つだけ考えるなら、「この本の裏側に、どんな担当がいたのだろう」。人物の名前をすべて覚えるより、まず役割を思い浮かべると、紙の束に仕事の厚みが出てきます。
一方、完成品を見た家康の感想は、この本については置けません。完成に間に合わなかったという順序そのものが、十分に印象的です。
二冊を並べるなら、『大蔵一覧集』には仏教書の文章を分類する役割、『群書治要』には政治の参考になる文章を集める役割がある。用途が見えれば、似た難しい名前として混ざりにくくなります。
本が出来上がる工程にいちばん興味をひかれたなら、次は組版や文字の形を扱う読書へ。題名の意味を知ったところから、紙面を見る楽しさへつなげられます。
家康の生涯の中に置いて読むなら、藤井讓治『徳川家康』
出版活動から家康自身に興味が戻ってきた人には、藤井讓治著『徳川家康』が候補です。家康の生涯を広く扱う、吉川弘文館の人物叢書の一冊です。
この本を選ぶ理由は、駿河版だけを詳しく知るためというより、家康がどこにいて、どんな時期を過ごしていたかと結び付けるためです。
出版社提供の書誌・紹介では、一次史料をもとに生涯を描く内容と、巻末の「家康の居所・移動表」が案内されています。
今回のように伏見、江戸、駿府と地名が出てくる話では、場所に注目する入口と相性がよさそうです。晩年だから一つの部屋で静かに読書をしていた、と想像だけで固定せず、生涯の動きの中に置いてみるのです。
たとえば最初に持つ疑問を「出版が進んだころ、家康はどこを拠点にしていたのか」にする。目次と巻末資料を見て、近い時期の章へ進みます。
その段階で政治や周囲の人物が気になれば、前後も読む。家康の一生を最初のページから最後まで駆け抜ける読み方だけが、入口ではありません。
逆に、今回知りたいのが銅活字の作り方だけなら、人物伝は遠回りになる可能性があります。本の題名に家康と書いてあるから全部同じ目的に合う、とは考えないほうが選びやすいです。
購入時は著者名も一緒に見てください。『徳川家康』という題名の本は複数あります。この紹介は藤井讓治の著作で、ISBNは9784642052931です。
同名の小説を開いて「あれ、探していた資料表は?」となる前に、著者と版を合わせる。ここだけは地味でも効くひと手間です。
すでに通史や家康の評伝を持っているなら、まず手元の本の目次を開くのもよい選択です。その一冊で時代背景がつかめるなら、次に増やす本を印刷の分野に回せます。
文字の仕組みが気になったら、鈴木広光『日本語活字印刷史』
活字を並べるところでもっと立ち止まりたい人には、鈴木広光著『日本語活字印刷史』という選択があります。家康の入門伝記より、文字と印刷の歴史へ進みたい人向けの本です。
名古屋大学出版会の紹介と目次では、古活字版の活字・組版から漢字の鋳造活字、近代の印刷表現までを扱っています。
家康の話だけを追う本ではなく、時代も題材も広がります。この広がりにわくわくするかどうかが、選びどころです。
たとえば「一文字ずつ組むのなら、続けて書かれた仮名はどう扱うのだろう」と気になった人。公開目次には古活字版の仮名書体を扱う章があり、関心の行き先を探せます。
一方で、「駿河版が何かを三分で知りたい」なら、まず公文書館の短い解説で十分でしょう。専門書を机に積むことと、疑問が解けることは同じではありません。
ここは背伸びして買うより、目次を見て、自分が読みたい問いを一つ持てるかで考えるのがおすすめです。「家康だから」から「印刷って面白い」へ関心が動いたときに、自然につながる一冊です。
版元の書誌ではA5判・上製、358頁。気軽な小冊子というより、テーマを決めて腰を据えて読む分量があります。ISBNは9784815807955です。
人物伝とこの本を両方そろえる必要はありません。家康の人生をもっと追いたいなら前の一冊、紙面と文字をもっと見たいならこちら。今日いちばん残った疑問を基準にしましょう。
本屋や図書館で実物を見られるなら、本文を一ページ開いて、用語の密度や図の使われ方を確かめるのも役立ちます。目次で面白そうと思うことと、今の自分が読み進めやすいことを、そこで重ねられます。
難しい言葉があったとしても、全部を先に調べ尽くす必要はありません。まず知りたい一節を選び、必要な用語をその場で補う。そのほうが、好奇心の出発点を見失わずに済みます。
まず一冊の書影へ。家康を見る入口は、合戦の外にもある
駿河版を知ると、家康に関する風景の中へ、本を作る道具や人の仕事が入ってきます。
銅活字を用意し、文章を照らし合わせ、印刷して仕上げる。完成した本を誰かに届ける。そのつながりを追うと、出版事業という言葉が、具体的な動きとして見えてきます。
次に公開資料を開くなら、二冊を一度に覚えようとせず、気になったほうを一つ選んでください。文章の整理が気になるなら『大蔵一覧集』、政治のための古典の選び方が気になるなら『群書治要』からです。
解説を読んだあとに書影を見る。今度は本の題名が、ただの難しい漢字の列ではなくなっています。
余裕があれば、そこに載る人物の役割を一つ拾ってみましょう。印刷に関わる仕事が増えるほど、「家康が出版した」の短い説明に奥行きが出ます。
今日は、一冊の本ができるまでに興味を持てたら、それで上出来です。
もっと読みたくなったとき、人物の生涯へ戻るか、印刷の歴史へ進むかを選べます。先に買う本を決めるより、気になった方向を見つけてからのほうが、次の一冊は楽しく選べるはずです。
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